容疑者Xの献身 (文春文庫)作者: 東野圭吾出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2008/08/05メディア: 文庫購入: 36人 クリック: 219回この商品を含むブログ (684件) を見る

初めて読んだ東野圭吾作品。

トリックは絶妙です。
一応、理数系の端くれである自分も、かつて「美しい数式がある」と感じたことがあります。少しその感覚を思い出しました。

途中までは、少しずつ容疑者Xこと石神のトリックが暴かれるストーリーに、「まあ普通のトリックじゃね?」という心持で読み進めていましたが。いや、きっと石神と湯川の天才二人のやりとり、直線的に話が進むわけがないと、うっすらと感じながら。

後半はノンストップ怒涛の展開。全くだまされましたね。読者、警察ともども、皆、石神の思う壺です。水平思考のなぞかけに引っかかったような感じです。でも、ただ巧妙なだけではない。ちゃんとトリックの行く末に彼にとってのユートピアが待っている。ユートピアという言葉は相応しくないか。彼にとっての理想。石神にとっての美?

ロジック的には、ストーリー的にはすごく締まりがあって、後から思い返して読み返して、ある意味では後味が良い作品だと思いました。

これは人間臭さ抜きの100%ロジカル推理小説としての感想。

ここからは、人間ドラマとしての感想。

否、そんな分けて論じるものでもないのかもしれないですが、トリックの巧妙さと、人間性のあり得なさがあまりに対照的で、すっきりと消化できないのです。むしろ、それこそが石神という男であり、湯川をして「それなりに魅力的な人物」と言わしめた所以か。とにかく、石神という男がわからない。それが、この作品を際立てているのかもしれないが。。。

現実離れしていると思うのは、石神の愛の形です。こういう小説で現実主義をあてはめるのもお門違いなのかもしれませんが、石神の愛には、余りに人間らしさが欠けているように思います。泥臭さが無さ過ぎます。途中、嫉妬したりする場面があったりしますが、僕はそんな石神に安心したのです。でも、最後に向けて、そんな泥臭さはどんどん隠れていく。石神よ、ストイック過ぎます。こんなにも自己愛抜きに他人を愛せるんだろうか?自己犠牲とは少し違う。

花岡母娘が石神の心を救うエピソード、あれはまさに、目の前に神が降臨する体験をしたのではないかとさえ思えます。悟り?そうでないと、この石神の献身は不可解です。もう、この時点で人間の体験を超えてしまったのではないでしょうか。一方の花岡母娘はそれを意図せず、普通の人間であり続けるのです。そこに、石神の不幸を感じざるを得ません。結局、靖子は最後は折れてしまいます。なるべくしてなったのだと思います。石神が愛した靖子は、靖子が自覚している自分ではないのです。靖子に神を見た。それは靖子にとっては真実でも何でもないが、石神にとっては真理なのです。この距離感は一体なんでしょう。愛は崇高であればあるほど、そこから離れた人にとっては辛いものなのでしょうか。

さて、彼らはその後、どうなったのでしょう。

僕の願いは、等身大の石神が、等身大の靖子を愛することです。石神が靖子の入獄に納得するには、靖子の神性を自ら打ち消すしかないのだと思います。きっと、それを認めないと、靖子とも世間ともきっとバランスが取れない。だからこそ、第2の殺人を犯してしまった。

どうかお幸せに。